きら人 vol. 10 有永 安佑 さん

エール今月のきら人

起こるすべての出来事に意味があると思っているんです。自分の体験は生きていく上で、とても大切なことなんだって感じます。

 くったくのない笑顔、まっすぐに相手を見つめる大きな目、自分の言葉を探しつつ、一生懸命に語るエピソードの数々…そのすべてが新鮮で、エネルギッシュで、初めて会った人でもたちまち魅了してしまう。そんな魅力の持ち主が、有永安佑さん。まだ、あどけない顔立ちながら、彼女は驚くほどいろんな体験をしてきました。
 豊後大野市ののどかな町、清川町で生まれ育ち、絵を描くことと、デザイン性の高いモノにとても興味を持っていたという子ども時代。教師に勧められてデザインの勉強ができるという高校に入学。しかし、学校との違和感を覚えて、なんと半年で退学。そのことで母親を泣かしてしまったこともあり、再度考え直した後、自ら手続きをして通信制の高校卒業資格を取ったといいます。まだ10代の頃の無謀な行動とはいえ、自分の意に添わないことはしない。でも一旦、決めたことは即、行動する。常に自分の感性を裏切らない生き方を彼女は、すでにこの頃から実践していました。その感性力と直感力で、カンボジアでの支援活動に参加。初めての異国はカルチャーショックの連続だったといいます。
 「目の前で人が死んでいたり、道では孤児の子たちや、物乞いをする人がいたり、想像を超えた世界でした」
 そこのスラム街の託児所で、子どもたちが配られたお菓子を、自分が食べるよりも先に家族に分けるために一斉に散っていくのを見て、「得たものが大きすぎて何も返せない自分にイラだった」という安佑さん。帰国した後、自らの力を試すかのように、家を出て福岡へ。そこでバイトをしながら、積極的に人と関わって、たくさんのことを吸収していきました。
 そんな矢先のこと。17歳の頃に診断された脳疾患の発作が起き、倒れてしまいます。病院に行くと、さらに他の疾患も見つかり、視力も失明寸前までいってしまったのです。まるで人生が遮断されたかのような出来事に直面した彼女ですが…
 「落ち込んでなんかいられないと思った。泣いてウジウジする生き方は絶対に嫌だから、やがて失明するのなら、今失明した人として生きようと決めたんです」
 その言葉通り、全盲の人に点字を習い、点字ブロックに慣れるため、白杖を付き街にも積極的に出かけて行きます。その間、心ない人々から浴びせられた言葉や震えるほどの怖い体験をして、人間不信にもなり、何度も泣いてしまったことも。現在は矯正が効くようになり、社会生活が送れるようになったものの、「ハンデを持った人たちの立場に立った貴重な日々でした」と、そんな経験をしたとは思えないほどの底抜けの明るさで笑って振り返ります。
 今彼女は 社会の中で孤立しがちな若者や女性たちがそれぞれ自分の人生の主役として輝けるような人材育成ビジネスを構築しようとしているかたわら、児童施設の手伝いもしています。
 まだ23歳の安佑さんに起きた出来事をここまでオープンに語れるのは、彼女自身が、その経験をまちがいなくプラスに受け止めているからでしょう。泣いても、傷ついても、次は笑って前に進むだけ。その様は、まるで人生というキャンバスにカラフルなオリジナルの「絵」を描いているかのよう。完成するまで、どんな美しい色が飛び出てくるか?「人生のレールは自分で引いていく」と言い切る彼女自身が、一番楽しみにしているのかもしれません。
きら人vol10 有永 安佑さん

a.「お世話になった方に何も返せないので、似顔絵を描いて差し上げるんです。すごく喜ばれています」と安佑さん。この笑顔見たさに、みんな手を差し伸べてくるのだろう。 b.c.どんなことあってもずっと続けていきたいのは、絵を描くこと。いつも色鉛筆を持ち歩いている。感じることがあったら感性のままに色を重ねていく。 d.「どこでもアトリエ」は公園だったり、カフェだったり、美術館だったりするという。「本にしろ、絵にしろ、人にしろ、すべてが一期一会。ワクワクしますね!」


きら人vol10 有永 安佑さん
※有永 安佑さんへの問い合わせは、編集部までご連絡ください。